大学の後輩

翌朝朝早く起きて先生の所にいってみると、先生は疲れ切った様子で新聞を読んでいました。
「これ、今日中にワープロに入れてくれるかな、印刷してもらえば、それに手直しするから、」と言われて原稿を渡されました。
女の子にワープロのおいてある部屋に案内されると、私は困ったことになったと思いました。
おいてあるのはパソコンではなく、もう10年前くらいの旧式のワープロでした。
おまけに入力は親指シフトで私には打てませんでした。
先生が書いた原稿はたったの数枚でしたが私は一枚打つのに30分くらいかかってしまいました。
ようやくマニュアルを見ながら、プリントアウトして先生に渡して、女の子が入れてくれたお茶を飲んで帰してもらいました。
私はこれはとてもやってられないと思い、礼子さんに電話してみました。
すると、大学の後輩でワープロなら親指打ち、ローマ字打ちと両方できる女の子がいるとちょうどいい話しを聞きました。
礼子さんに電話番号を聞いて、電話してみると「将来は小説家になりたくて、小説を書くなら親指シフトだと本に書いてあったので親にワープロ買ってもらって高校の時から練習したんです」と言います。
私はこれは都合がいいと思い「小説家の先生に弟子にしてもらえるから、その替わりワープロを打ってくれないかしら」と言ってみました。
すると「ホントですか、すごいホントに小説家の先生の原稿打たせてもらるんですか」と後輩は感激したようすでした。
私はこれで自分が小説家になる夢はひとまず消えたけれど、あの古くさいワープロをもう見なくて済むと思いほっとしました。
一月ほどたって朝早く電話がかかってきて、ででみると後輩の母親からでした。
「昨日卒業式なんですが、娘がまだ家に帰ってこないんです」という話しでした。
「謝恩会にでたのでしょう」と聞いてみましたが、「謝恩会には出なかったそうなんです」と返事が返ってきました。

「それに最近様子が変で、就職が決まっていたのに、就職を断ったらしいんですが、何か知りませんでしょうか」と言われて私は思い当たる事がありました。
もしかして後輩は小説家になるつもりで、就職を断ったのかもしれない。
そうだとすればきっと先生の所に居るはずだと私は心配になりました。
今の時間ならまだ先生は起きてるはずだと思い、私はすぐに電話してみました。
電話にでたのはお手伝いの女の子でした。
「ああ、昨日からいらしてますよ、いま先生と一緒です」とすぐに教えてくれました。
「あの電話代わってもらえますか」と私が頼むと、しばらくごたごた音がして「私なら大丈夫ですから心配しないで下さい」と後輩の声がかすかに聞こえてきましたが、声は半分泣き声で震えていました。
私はこれはきっとなにかあったに違いないと思いすぐに先生の家まで出かけることにしました。
急いで支度をして、先生の家まで来ると、お手伝いの女の子が「あ、いらしたんですか、話しを聞いてなかったんですか」と不思議な顔をして書斎に案内してくれました。